プリパラアイドル ゆきちゃんのアイドルタイム日記

プリティーシリーズが大好きなゆきのブログです。

プリティーシリーズに対する認識まとめ

プリリズ、キンプリ、プリパラ、プリチャン、プリマジ、アイプリ

ADとDMF、RLとキンプリのように繋がっている世界もあるけど

基本的にはパラレルワールドで別世界という設定がありつつ

全ての物語は繋がっていて共通の意味や目的を持っている

 

という及び今まで見聞きした公式の情報やファンの意見

制作スタッフの発言から私なりの考察を一旦まとめてみようと思う

 

情報の抜け落ちや誤認、深読みのしすぎ等あるかとは思うけど

なるべく短く簡潔に書くね

 

まずキンプリの物語で深堀りされたプリズムワールドの設定

プリズムワールドの管理者達は各世界の人間たちに感情の爆発を発生させ

そのエネルギーを使って世界の均衡を保とうとしているけど

エネルギーは消費されるばかりで生み出される量が少ないが故に

テコ入れをしてエネルギー発生量を上げるというこの図式

私はプリズムワールドの管理者=タカトミでありゲーム・アニメ・ショップの運営だと思う

 

メタ的視点で自分たちを「エネルギー発生を管理する運営」と称し裏方のキャラクターとして登場させることで

タカトミが作ってきたプリティーシリーズの作品を「パラレルワールドでありなら現実世界では1つのシリーズ」としてまとめ

それをエンタメに昇華しつつ1つの物語、プロジェクトとして繋いでいるんだと

 

そしてそのエネルギーとは生々しい言い方をしてしまうとお金であり

夢のある言い方をすると子どもたちの感動、オタクたちの感動、

演者やスタッフや関係者一同のやりがいや喜びを総じた概念だと思ってる

 

プリズムワールドの管理者達はプリズムの使者というテコ入れを各世界に送り込み

エネルギーを消費するだけの民衆へ「爆発的なエネルギーを生み出すスタァ」を誕生させるためのきっかけ作りをさせ

成功すればその世界の人間達がエネルギーをプラスに変え、世界は救われ、現実世界の我々がお金を落とし子どもたちやオタクが喜ぶ

失敗すれば作品は酷評されス収益が落ち込みポンサーが離れ世界は消滅する

そういう現実的な生々しい成功と失敗、光と闇をファンタジーの世界へ落とし込んだのが

プリズムのきらめき、キラキラ、キラッと、ワッチャ、バズリウムパワーなんだと思う

 

実際レインボーライブでプリズムのきらめきが供給されなくなり

なるちゃんがプリズムジャンプを飛べなくなる描写も

あれは我々が課金しなくなり、スポンサーの評価が下がり、筐体の電源が落とされ

数少ない残ったファンがプリリズ筐体に課金したくても筐体が動いていないので遊べず

アニメも放送が止まって応援すら出来ないという現実に起こりうる悲しい現実を

アニメの中に落とし込んだ結果を裏設定に盛り込んでるんじゃないかな?

 

キンプリでも似たような流れはあったし、ショーを見に来たファン達の声援で

またプリズムのきらめきが供給されショーを完遂できた流れも

一旦は白紙になりかけたプロジェクトがファンの声援により次に繋がった過去がある

キンプリの歴史とリンクしているからよりそうなんじゃないかなと感じた

 

プリパラ2期のラストでひびき様が望んだ偽りのプリパラ世界も

プリズムワールドからのキラキラの供給、つまりスポンサーの支援金やファンの課金

運営の情熱が注がれなくなった結果、平凡で何の魅力も無い作品として終幕を迎える

BADENDのプリパラを見せられていたんじゃないかとも思うし

キンプリではプリパラまでしか描かれなかったけど

らぁらがプリズムワールドの運営陣から見た「成功例」として名を刻まれていたのも

タカトミから見てプリパラは成功作品であり、らぁらが起爆剤になったという評価を表していたんじゃないかな

 

この辺りの考察は制作スタッフのツイート、それに準ずるファン達の考察

関連雑誌の制作インタビュー記事を私なりに揉んだ結果なので

もっと詳細に知りたい人は各自調べてほしいんだけど

プリティーシリーズは「生々しい現実世界の事情をあえて物語の中に落とし込み

繊細かつファンタジックに昇華させ全ての世界を紡ぐ壮大なストーリー」だと思うし

その中心にある作品は全ての原点であるプリリズでもシリーズ最大のヒット作プリパラでも

シリーズ最新作のアイプリでもなくKING OF PRISMなので

プリティーシリーズ好きならぜひKING OF PRISMを見てください

 

ファルルとコナー

プリパラ10周年おめでとう!

10周年記念のアニメ一挙放送を見て、改めてファルルについて書きたくなり

久しぶりにログインしました。

 

生まれたばかりで空っぽだった、無垢だった、赤ちゃんだったファルルに

自我が芽生えたのはらぁらとの出会いがきっかけだったけど、

ニコンの「ファルルは知りたかったんでちゅ…見たかったんでちゅ…掴みたかったんでちゅ…自分の生まれてきた世界を。そうでちゅよね…誰だってそうでちゅよね…

というセリフで私はデトロイトビカムヒューマンのコナーが脳裏をよぎった。

 

未来都市で人間とアンドロイドが悩み、もがき、葛藤する中で

自分は何者でどう生きるべきかを模索するアドベンチャーゲームデトロイトビカムヒューマン」

 

アンドロイドである3人の主人公のうちの1人「コナー」も

物語が進む中で変異、ファルルで言う自我が芽生えるけど

物語を1度エンディングまで迎えてから2周目を改めてプレイすると感じる

「コナーはいつ変異したのか」という疑問。

 

1周目は「悩み、気付き、葛藤し、様々な出会いや経験の中で変異した」と漠然と感じがちだけど

2周目の冒頭シーンで「実はコナーは最初からとっくに変異していて、それに自分で気づいていないだけだったのかもしれない」と思わせるシーンがあるんだけど

私はプリパラを何周も何周も見ているうちにファルルにも似た感覚を覚えるようになった。

 

ファルルは女の子達のキラキラした夢から生まれた「夢そのもの」の人形で

歌って踊って人を幸せな気持ちにさせるための力をすべてその身に宿した空虚だったけど

「この世に生を受ける」という人間やすべての生き物とまったく同じスタートを切った瞬間

「女の子の夢を具現化した人形」はもう既に「1人の女の子」であって

生まれた経緯やその身に宿った特別な力に関係なく小さな光として心が宿ったのではないかって。

 

コナーの場合は「アンドロイドとして職場に派遣された時、水槽から飛び出た熱帯魚を無視せず水槽に戻す」という行為で既に存在しているであろう自我をプレイヤーに感じさせてきたけど

ファルルの場合は「知りたい」という知的探究心がそれだと思う。

 

自分が生まれて、ユニコンに世話をしてもらいながらボーカルドールとしての使命を全うしている過程はファルルが選んだものではないからこそ

「知る→考える→選ぶ」という人生のホップ・ステップ・ジャンプをファルルはもう最初の一歩目を選んでいた、つまりもうファルルは特別な女の子でありながら特別でない普通の女の子としての自我があったんじゃないかって。

 

きっかけであり大きな転機はらぁらとの出会いだったけど

この世に生を受けた以上、ファルルもまた「自分が何者か知りたい」「自分の人生を自分で選んでみたい」という生き物の本能に突き動かされていたんじゃないかな

ってユニコンの言葉で改めて考えさせられたプリパラ10周年でした。

 

他人の敷いたレールに乗ったり、確固たる意志で選択したわけではない人生を否定はしないけど

「生まれたからには自分が何者なのか知りたい、探求したい」

「自分の人生だから自分で選びたいし次に何をするかは自分が考えて決めたい」

という基本的、だけどとても大事なことをファルルに思い出させてもらった気持ち。

 

フレンドパスワード

プリパラ再視聴でガァルマゲドンチーム結成回まで見て

のんちゃんの事とかガァルルのこととか色々書きたかったけど

今回はフレンドパスワードについて書きたくなったので書く!

 

李子さんの凄まじい歌唱力・表現力もさることながら

この歌詞の世界観ってマジ凄いよね!

 

AメロBメロはだいあちゃんが描いた夢の物語に沿って

まるで絵本のページをめくるように幻想的な世界観が広がっていくのに

サビでその本をいきなり閉じて歌われる「等身大虹ノ咲だいあの本心」

という構成は斬新すぎる!

 

夢や空想でどんどん素敵な物語が紡がれていくのに

最後にどうなるかわからない…

どうなればハッピーエンドにたどり着けるのかわからない…

だいあちゃん自身が本当の幸せをまだ知らないから

物語の結末が描けないという本心を赤裸々に歌い上げていて

虹ノ咲だいあの今が生々しく感じられ初見では胸がギュッとなった…

 

1番のサビで「あなたの欲しいもの全部あげる」と言ってしまえるのも

それしか人の心を繋ぎ止める術を知らないくらいだいあちゃんが孤独であり

自分が孤独であることにすら気づいていないのが伝わってくるし

「みんなの心を開くパスワードを教えてほしい」と言えてしまうほど

本当にどうしたらいいか分からないだいあちゃんの切実な苦しみが伝わってくる。

 

2番も1番と構成は同じだけど

サビで訴えているメッセージが

1番の「孤独で立ち止まってしまった私」ではなく

2番は「孤独から脱却できるかもしれない私」になっていて

それはバーチャルアイドルという器を手に入れ

みらいちゃんを通じて広げたアイドルの世界に見出した希望の光なんだなと思うし

間奏明けの落ちサビで「本当の友達になれる!」とまで思えたのに

口から出たのが「あなたが欲しいもの全部あげるよ」のままだったのも

後でみらいちゃんに否定された通りだいあちゃんが「本当の友達」が何かまだ分かってないという表れだと思うと切なすぎる。

 

メルヘンチックな世界観とパレードのような華やかなメロディーに乗せて

だいあちゃんが明るく歌い上げた友情があまりにも空虚で

この世界観はプリパラのファルルが歌い上げた心なき人形の0-week-oldで魅せたぜんまい仕掛けの冷たい美しさとはまた違う儚さがあって私は大好きだし

これがあったからこそ虚実な友情じゃなく心通い合った真の友情を歌うMEMORIES FOR FUTUREに繋がると思うと改めて素晴らしい序曲だなと思う!

89話まで見終わりました

もう少し区切って感想を書こうと思ってたのに

やっぱりプリパラは面白すぎて止まらない!

ファルルカムバックライブもひびき様送別会&誕生日会も見終わって

今からシーズン3に入るところです!

 

月並みだし何番煎じみたいな感想になってしまうかもだけど

シーズン2のひびき様には共感する部分も多くて

悪役や敵として認識するのが難しくなりっぱなしだった。

 

「人に裏切られてもう誰も信じられなくなった」という感情は経験した人も多いと思うし

そこにしっかり共感し同情した上で

「それでも私はトモダチを信じる」と言い切ったらぁらが

バグプリパラの世界でみれぃを信じきっていたのを見て

改めてらぁらの唱える「トモダチ」の強固さに驚いたし

それぐらい強い気持ちで「あなたも私のトモダチ!」と言い切ってくれるらぁらは

やっぱりプリパラそのものだと改めて感じた。

 

純情な田舎娘から自分で感じ取り、自分で考え、自分で決めて動ける女性へと成長していったふわりの成長劇も素敵だったし

自身がボーカルドールが故に人がボーカルドール化して失うものの重みが分からず

「トモダチが増えるから私は嬉しい」と言えてしまっていたファルルに対し

「あなたが美しいと思っているそのマーガレット、パルプスのマーガレットもすごく美しいのよ」という表現で事の重大性を伝えたあの優しくて聡明な感性には心底痺れた。

 

自分はパルプスのマーガレットを見ることは出来ないという現実を噛みしめることで

ひびきに同じ気持ちになってほしくないと思ったファルルの優しさはやっぱり純真だし

それをストレートに受け取ることが出来たひびき様もまた純真な心を持っていたんだと思う。

 

世の中は汚れていて嘘だらけだから

自分が美しいと感じたたった1つの真実に全てを捧げたい

と思うのは特に女の子だったら1度は通る道だと思うし

そこで命の重みや未来を断つことの重大性なんて分からなかったりもするけど

信じることの尊さや価値を背中で見せてくれたらぁらって

やっぱりプリパラそのものだし光そのものって感じがする。

 

このシーンは私がプリパラで1番好きなシーンです。

 

凍っていた心が溶け、壁が崩れ去った今

過去に囚われ人の心も暖かさも見ずに感じ取ろうとすらしなかった自分を

BAKAと一蹴できた背中を持ってプリパラシーズン2の幕引きとしたのは

あまりに素敵な素敵な物語。

メイキングドラマ

 

アイドルが見ている人に伝えたい思いを演出という形で表現する
プリパラライブにおける華であるメイキングドラマ。

 

時には苦しい心境をそのまま表現したり
自己アピールとして理想のアイドル像を演じきるアイドルも居る中
視聴者を喜ばせるため他人が作ったメイキングドラマを完コピしたのがファルル。

 

その後も他人のメイキングドラマを次々完コピして見せ
その技術力の高さで視聴者の心を奪ったけど
そんなファルルが、心を持たず生まれたドールのファルルが
らぁらを通じて機械仕掛けの心に命芽吹く花を咲かせ
それを「届けたい!」と素直に表現した初めての自作メイキングドラ

 

マネージャーに言われた通りトップアイドルになるためファンを沸かせたいとか
自分を誇示し褒めてほしい好いてほしいとかではなく
「私の心に咲いた美しい花を貴方にも届けたい」と表現したファルルの
無垢で純粋な優しさに初見では心底驚いたし、今こうして見直しても感動して涙が出た。

 

マネージャーであるユニコンがらぁらよりずっと先にファルルの自我の芽生えを感じていたからこそ
日々の成長を感じ取る中で心かき乱され不安が募っていったんだと思うし
使命なんかどうでもよくなるくらいファルルというドールを1人の少女として愛してしまったんだと思うと
かつて私が少女だった時、お人形はお人形ではなくお友達
ぬいぐるみもぬいぐるみでなくお友達だった時の事を思い出して切なくなった。

 

天性の才能を秘めた究極のアイドルを通して
1人の赤ちゃんが少女として成長する中で得た等身大の夢やキラキラを見せてくれたプリパラの美しさ。
何度見ても私の心を童心に戻してくれる。

 

ドルオタ心理

アニメプリパラの中でちょくちょく触れられるファン心理。

 

そふぃがキャラチェンして少なからずファンが離れたことや

ファルルの登場で流れていったファンも居る中で

変わらず応援してくれるファンの気持ちが強固だったこと。

 

アイドル側の目線だけじゃなく

ファンの目線で見ても面白いなと思いながら見てた。

 

ファルルよりらぁらがいい!とかいう好みの話ではなく

らぁらが好きだという純粋な好意や

らぁらの歌やダンスに励まされたことへの感謝など

ファンが過ごした時間の中で感じたらぁらへの積もった思いが

ファルルのセンセーショナルさや天性の才能で上書きされることは無かった

という感覚。

自分もドルオタだから凄く分かる。

 

魅力的な新人や実力派の新人に関心が向くことはあっても

自分を元気づけて励ましてくれたアイドルに対する思いって

もしかしたらアイドル本人は想像できないくらい深いし思いし硬い。

 

毎回のライブで手を抜かず懸命に笑顔を届けたそらみスマイルの実績が

このファルル登場でも心揺らがなかった強固なファンなんだと思うと

改めて積み重ねてきた日々の重みや厚みを感じる。

アニメプリパラ感想16話まで

ほんとは12話ずつ区切って感想を書こうと思ったけど

16話は徳田ねねの視点からひねた目線でプリパラとらぁらを知る特別な回だったからどうしても書きたくなった。

 

「貴方にとってアイドルとは?」という質問を投げかけられたアイドルが

「私が輝ける場所だから」と答えるのは割と一般的だけど

らぁらはプリパラを「みんなで輝ける場所」と称したのが改めて他の作品とは明確に違うなと感じた。

 

自分が楽しむこと、利益を得ること、メリットを感じること

それを主軸にした自己中心的な考えのアイドルでも

人を喜ばせたい、奉仕したい、役に立ちたいと

他者を主軸に考えるアイドルでもなく

らぁらは「みんなで」をすごく大事にしていて

それをアイドルという役職で確立できたのはプリパラだからだと思う。

 

アイドルはイメージ業であり商業でなので

決して善意による奉仕活動でも善行と割り切れるものでもないけど

一般的なアイドルがステージに立った瞬間からもうプロなのに対し

プリパラのアイドルはステージに立った瞬間プロではなくアマチュアとして光るのが強み。

 

それぞれが自分の思い描くアイドル像をお金や利益は関係なく追求できる

同人アイドルのようなステージ。

プロじゃないからこそ何にも縛られず誰からも抑圧されない自由なアイドル像を確立できること自体も革新的だし

そんな中でらぁらが目指すアイドル像が「みんなで輝けるアイドル」なのは本当に凄い!

 

ステージを見ている側の観客が「らぁらちゃんは凄い!」だけじゃなく

自分も輝いていると感じられるステージを作るというのは

一見するとシンプルなようで凄まじく高い高い理想だし

それをかけだしアイドルの段階で既に有言実行しているらぁら。

 

精神性の尊さが既に神の領域に片足突っ込んでて今改めて見ても凄いキャラクターだし

それを押し付けがましく演出したり説教がましく講釈を垂れさせないセンスあるスタッフの采配も見事。

 

「あなたらしいあなた」も「貴方が作り上げたあなた」もみ~んなあなた!

というのをそふぃを通じて見せてくれたらぁらだからこそ

かつて少女だった視聴者や少女でありたかった視聴者の心も救えたんだと思う。